原爆ドームと原爆資料館を訪問して

昨日の8月15日は終戦の日でしたが、戦後72年が経ちました。最近は終戦記念日とは言わず終戦の日というようになりました。これは、「記念日」という表現が良い事のように連想させるとの事で、終戦の意味を知らない人が増えているためのようです。

終戦の日は過ぎましたが、広島にある原爆ドームと平和記念資料館を訪問した時のことを思い出しながら、再度平和について考えてみようと思います。

原爆ドームの情報

原爆ドームは元々、1915(大正4)年に広島県の物産品の販売促進を図る拠点とすることを目的として建てられたもので、その後1921年に広島県商品陳列所、1933年には広島県産業奨励館と改称され、美術展が開催される場所でした。

しかし、戦争が激化する中、行政機関・統制組合の事務所として使用されるようになりました。1945年8月6日、広島にアメリカによって史上初めての原子爆弾によって破壊されたものです。

原子爆弾の威力はこの建物のほぼ真上約600mの空中で爆発し、この爆発で20万人を超える犠牲者と半径2キロメートルに及ぶ市街地を廃墟とするものでした。

この悲惨な事実を世界中に伝えるため、寄付金などを使い保存してきたのが原爆ドームです。

平和記念資料館

平和記念資料館は原爆ドームのそばにある平和記念公園内にあります。終戦から10年年後の1955年に開館し、今年4月の時点で累計6,907 万人もの人が訪れています。

本館と東館から構成されている資料館は、東館から入場し本館から退出するコースとなっていますが、東館は原爆投下までの広島市の歴史、原爆投下の歴史的背景に関する展示、本館には原爆によって及んだ人や物的被害に関する展示物が展示されています。

2013年度から2018年度にかけて大規模な改修工事を行われている最中ですが、今年4月末に撤去してはならないなと思うものが残念ながら撤去されてしまいました。それは、被爆再現人形です。

この被爆再現人形は、がれきの中で生死をさまよう被爆者の姿を模した人形で、大人の女性と女学生、男児の3体で、原爆の熱線でぼろぼろになった衣服のすき間からただれた皮膚を露出し、焼き尽くされた市街地を逃げ惑う姿を表現していました。

この人形の撤去は原爆の悲惨さを伝えるのに重要、現実はこんなものじゃないなど賛否両論があったようですが、個人的には二度とこんな悲惨なことを起こしてはならないという意思表示だと思うので残念です。

原爆ドームと平和記念資料館へのアクセスと駐車場

平和記念公園、広島平和記念資料館、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館には、マイカーの駐車場はないのですが、周辺にはコインパーキングあるのでそちらに停車して訪問してください。

原爆ドーム  :〒730-0051 広島県広島市中区大手町1丁目1−10
平和記念資料館:〒730-0811 広島県広島市中区中島町1−2

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